時代に先駆けて誕生した
「エスパネックス®」

PROJECT 01

世界初「2層FCCL」開発プロジェクト

  • 総合研究所 フェロー

    徳光 明

  • 総合研究所 回路基板材料センター
    次世代材料開発グループリーダー

    平石 克文

CHAPTER01 弛まぬ開発への努力によって
「大河内記念生産特賞」を受賞

2016年 日鉄ケミカル&マテリアル(旧:新日鉄住金化学株式会社)は、独自に開発した「キャスト方式による無接着剤型銅張積層板および高生産性プロセスの開発」によって「大河内記念生産特賞」の受賞を発表した。「大河内記念生産特賞」は、国内の生産工学・高度生産方式の実施などに関する顕著な業績を表彰する伝統と権威のある賞である。

この開発プロジェクトによって生み出された製品が「エスパネックス®」だ。今やスマートフォンやタブレット、パソコン内部の三次元配線、液晶および有機ELディスプレイの駆動基板など、高機能・高信頼性・軽薄短小化が求められる携帯電子機器に不可欠なフレキシブル配線板材料として高い評価を得ている。

目まぐるしい変化と共に進化を遂げるエレクトロニクス分野の中で、世界的なシェアを誇り、高い評価を得るまでに成長した「エスパネックス®」。実は、この製品の開発プロジェクトが始まったのは今から30年以上も前のことである。長い時を経て、今なおトップクラスの製品であり続ける理由には、アイデアの独創性と研究開発力だけでなく、立ちはだかるいくつものプロセスの壁を乗り越えてきた歴史と、現在も続く品質向上への弛まぬ努力があるからだという。

CHAPTER02 時代のニーズを先取りした
「エスパネックス®」

日鉄ケミカル&マテリアルは、1985年より無接着剤型の回路基板材料(以下、「2層FCCL」)の開発を推し進め、1989年に独自のキャスト(塗工)法により低熱膨張ポリイミドを銅箔上に直接形成するという全く新しいコンセプトで、世界で初めて接着剤を用いない2層FCCL(エスパネックス®)の開発に成功した。この2層FCCL実現の鍵となる低熱膨張ポリイミドの開発を担ったのが徳光である。

従来の回路基板用材料は、絶縁層となるポリイミドフィルムと銅箔を、耐熱性の低いエポキシ系接着剤で張り合わせた3層構造が主流であったが、徳光を中心とする研究開発チームが開発した2層FCCLは、接着剤(エポキシ樹脂)を用いず、従来品と比べ約半分の薄さを実現した。また、フレキシブル配線板から接着剤を排除することにより、従来品にはない優れた耐熱性、寸法安定性、電気特性を実現した。これにより、電子機器の軽薄短小化と高速大容量化、ディスプレイの高精細化などに伴う配線の微細化に加えて、環境に優しい(鉛フリー・ノンハロゲン・ノン燐)配線基板材料として大きく期待された。

しかし、エスパネックス®が事業的な成功を収めるまでの道のりは決して平坦ではなかったという。「卓越した性能を持った樹脂だけでは十分とは言えず、エスパネックス®を安定製造するプロセスが非常に重要である。性能と生産性を両立するために様々な課題を克服する必要があり、1990年代までは困難の連続であった」と徳光は語る。

CHAPTER03 転機となった携帯電話の普及

一方、市場の高まりはたしかに感じていた。当初は、主に航空産業など特定の先端分野で注目されていたエスパネックス®であったが、国内での携帯電話の登場が大きな転機となり、エスパネックス®が有する特性へのニーズが一気に顕在化してきたのである。1990年代から国内で普及し始めた携帯電話は、その後、折り畳み式(クラムシェル型)が主流となり、液晶ディスプレイも白黒からカラーになった。それに伴い配線密度は高密度化していき、携帯電話に求められる軽薄短小化と微細配線化にエスパネックス®は大きく貢献していくことになった。

当時を振り返り、徳光はこう語る。「サプライチェーンの重要性が身にしみて分かった。エンドユーザーが材料メーカーを注視するようになり、販売が伸び悩む時期であっても顧客の生の声はとても励みになった。そして、カラー液晶搭載の携帯電話の世界的な普及に伴い、対応できないほど需要が高まった」

当時のエスパネックス®は第二世代と呼ばれ、その躍進を後押ししたのが平石であった。奇しくもエスパネックス®の誕生と同年に入社した平石は、入社数年後にはエスパネックス®の生産技術を担当し、その後、徳光のもとでエスパネックス®に用いるポリイミドの研究開発に従事することになった。世の中にない新しい材料を生み出し、その後のエスパネックス®の市場の形成に寄与してきた徳光。そして、さらに時代の進展と共に新たなニーズが見えてきたタイミングで平石が新たに研究開発チームに加わり、製品のさらなる発展を目指すこととなった。

CHAPTER04 さらなるイノベーションを起こす

第二世代のエスパネックス®では、ポリイミドの特性をさらに上げながら、市場を見据えた量産化に向けて連続プロセスを実現し生産性を高めることが最も大きな課題であったという。当時、徳光が開発した第一世代のエスパネックス®は、バッチプロセスでの生産であり、連続プロセスへの課題が残っていたため平石はこれに着手した。

当時を振り返り平石はこう語る。「それまでバッチで作っていたものを、ポリイミドの特性を高めながら、連続で生産する。これを両立するのは非常に難しかった。着手して約7年の歳月を要した」。そして、目指していた特性を初めて達成できた日のことは今でも覚えているという。ある日、研究員が測定結果を解析していた際、自身の予想をはるかに超えた数値であったため「これは間違っているよ」と思わず測定し直すように促したという。しかし、実際にはその結果は正しく、その場にいた平石はもちろん、徳光にとってもこれほどの性能が出るとは当時予想していなかったという。

CHAPTER05 世界トップクラスの回路基板材料へ

数々の技術的な課題を克服し、市場のニーズにも適合していたエスパネックス®であったが、当時はまだ事業として独り立ちできるという確信には至らなかったという。世界に先駆けて先進的な携帯電話を開発していた日本国内での評価は得ていたものの、この先この製品がどこまで伸びていくかということまでは予想できなかった。

しかし、徳光と平石にはある共通する想いがあったという。「エスパネックス®は他社にはない特性があり、市場のニーズにも合っている。小型化・高機能化していく上で求められる特性は分かっていた。開発陣はそれを理解した上でさらなる開発を進めており可能性を強く感じていた」。平石がそう語る通り、特性がさらに求められる製品が誕生する。それがスマートフォンである。

これまで以上に薄く・小さく、そして、高機能化が求められるスマートフォンにおいて、エスパネックス®はさらなる真価を発揮し世界中に普及する大きな転機となった。その後、後進に受け継がれ、現在も5G対応のエスパネックス®を市場に投入するなど高い評価を得ており、今後もエスパネックス®の重要性が増していくものと期待されている。

CHAPTER06 若き研究・開発者に向けて

最後、後進へ期待することについて平石は述べた。「新しい製品を生み出す上では2つの大きな課題があると考えている。1つ目は世の中にない特性を作り出すこと。2つ目はプロセスを作ること。その中で、私は研究者として予想をはるかに超える経験をさせて頂いたと感じている。信じられないような実験結果を目の当たりにし、当初は、狙った制御を行うために缶コーヒーの空き缶で自作したオーブンで実験を重ね、目の前のビーカーの中でくるくると回っていたものが、やがて世界中でなくてはならない存在となり、人々のメッセージや動画、音楽などを伝える一端を担っている。そんな自らのアイデアによって世界を変えていけるという経験を是非、若き研究者・技術者に経験してもらいたいと願っており、そうしたサポートをしていきたいと考えている」

そして、徳光は「エスパネックス®の開発当初からいくつかの大きなイノベーションに自ら関われたことはとても幸運に感じているし、ありがたいことだと感じている。これは会社・組織として、我慢強く継続的に取り組んできた成果であると感じているし、携帯電話やスマートフォンといった世界的なイノベーションの流れの中で、我々がその一端を担えたことに感謝している。当社にはコア技術といえるものが他にもあるが、それらを活かして新たなイノベーションを生み出せる会社であり続けたいと考えており、後進にも期待している」と結んだ。

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