「技能」から「技術」へ
精密圧延制御の再構築

PROJECT 01

圧延形状改善プロジェクト

  • 金属箔事業部 金属箔工場
    技術グループリーダー

    隈 裕二

  • 金属箔事業部 金属箔工場

    木村 圭太

CHAPTER01 世界最高水準の極薄金属箔を生み出す

日鉄ケミカル&マテリアルは、ステンレスを中心とした鉄系素材を極薄箔へと加工する高い技術力によって、厚み10μmレベルで平坦度に優れた世界最高水準の金属箔を製造している。高強度で耐食性に優れた極薄の金属箔は、主にハードディスクドライブのサスペンションや排ガス浄化用メタル担体、二次電池などに用いられる。特にハードディスクドライブのサスペンションにおいては、数ナノメートルを制御する安定したバネ性が要求される超厳格品でありながら世界で9割以上のシェアを占めている。こうした極薄金属箔はもともと精密機器との相性に優れ、今後ますます小型化が求められる精密機器の分野において、期待が高まっている。

CHAPTER02 一大プロジェクトの発足

2017年、金属箔事業部に赴任してきた隈には、ある大きなプロジェクトが託されていた。金属箔事業部では様々な製品開発を行なっているが、そのすべてが極薄で形状要求レベルの極めて高い製品である。隈が赴任してきた当時、この極めて精密な加工技術を必要とする金属箔の製造工程において、圧延に起因する形状不良による生産上のロスが一つの課題となっていた。「将来的な市場を見据えると、要望の高度化に加えて商品ポートフォリオの観点からも歩留まり率を向上させることは、今後、事業の未来を決定する重要な事項であった」と隈は語る。

圧延とは、回転している2本のロールの間に材料となる金属を挿入し、圧力をかけて薄く延ばし箔化する加工方法であり、特に同事業が製造するような極薄箔において、圧延加工は極めて精密な制御が必要とされる領域である。隈自身もこれまで半導体分野などにおいて精密加工の経験を積んできたが、圧延分野は初めての経験であった。そんな隈が同事業に赴任してきた当初、現場を見学してある思いを抱いたという。「極めて高い職人の技(技能)によって作り込みを実施している工場であると感じた。ただ、自らに託された使命を実現するためには、この高い技能を何としても技術(体系化されたテクノロジー)へと変えていく必要があった」。そこで隈は、自らのプロジェクトのスローガンを「技能から技術へ」と定め、精密圧延制御の再構築を目指すことになる。

CHAPTER03 精密加工と計測は表裏一体

プロジェクト発足後、隈が最初に着目したのが圧延ロールであった。圧延ロールは、圧延加工において金属を変形させて箔化するための軸状のパーツであり、この圧延ロールの精度が、品質に大きな影響を与えていると考えた。そこで圧延ロールの加工を評価するために徹底した計測を実施したという。「私にとって加工とそれを評価する計測は表裏一体であり、計測なくして精密加工はできないという大前提があった」。そう語る隈は、これまで自身が他部門で培ってきた精密加工のノウハウを活かし、圧延ロールの精密計測を目指して他分野の計測技術を工場に導入することにした。

当時を振り返り隈はこう語る。「圧延分野では新参の私が定めた“技能から技術へ” というプロジェクト方針は、当初、現場やその他の技術者の目にも突拍子もないこととして映ったと思う」。しかし、隈は現場の技術者らの協力を得て、着実に精密計測を確立させていった。そこである傾向が見えてきたという。「確かに工場の圧延ロール加工は精度が良いが、僅かにその形状にばらつきがあることが分かってきた。また、圧延加工に携わる技術者からも、圧延ロールを変えることで製品の形状が僅かに変化するという声があり、精密計測の結果と合致した」。この結果を踏まえ、隈はいよいよ圧延ロールの形状改善へと踏み出した。

CHAPTER04 圧延形状改善を目指して

圧延ロールの形状改善において、隈の考えを遂行する上で重要な役割を果たしたのが木村だ。当時、圧延の作り込みに従事していた木村は、このプロジェクトにたしかな期待を感じたという。「プロジェクトの発足前は、圧延ロール加工の現場に踏み込むことは極めてハードルの高いことと認識されていた。しかし、そこに隈さんが踏み込んだことで、圧延ロール加工への注目が一気に集まり現場のモチベーションは高まった」と木村は語る。

そして、圧延ロールの形状改善の検討を進める中で、隈はあることに気づいたという。これまで職人技で加工してきた圧延ロールの一部には、圧延加工側から見ると理想形状が存在している。この点について圧延ロール加工の技術者である木村はこう述べた。「従来の計測技術では、圧延ロールの良し悪しを判断することは難しかった。しかし、隈さんが確立した精密計測技術では、中心線から左右対象で、局所的な変化がないことが圧延ロールの理想形状であることが明確に分かった」

そこで次なる課題は、その理想形状をいかに安定的に量産化していくかということであった。これについて隈は「私がこれまで経験してきた半導体ウェハの加工では職人技は存在しない。だからこそこの課題に向き合う上でもその姿勢は変わらなかった。いかに安定的に量産対応を実現するのか。その点において、私は自動加工をベースに加工条件の細かい検証を実施することで改善を目指した」と語った。

CHAPTER05 プロジェクトの成果と、更なる高みへ

隈は圧延ロールの理想形状を目指して、幾度となく技術者の加工現場に立会い、その動作や外観などを何度も細かく観察することによって、そのポイントを条件に落とし込んでは、圧延ロールの加工条件を細かく検証した。それにより、見事にいくつかの種類の圧延ロールの加工において理想形状を安定的に実現できる加工技術を確立し、プロジェクト発足から2年後には、圧延ロールの精度向上により、圧延形状制御技術力も大幅に向上・安定化し、全体の形状不良損金実績は1/4に低減。加えて、極めて要求精度の高い形状指標の実績においては約1/4に向上させ大きな成果に結びつけた。現在は、この加工技術をすべての圧延ロールに適用できるよう現場と一体となってこのプロジェクトに取り組み続けているという。

「今の技術を担保できれば、新しく装置を導入した際に、さらに高い精度を出すことができるだろう。私たちがより発展していくための土壌を作っている段階であると考えている」。今後のさらなる理想を見据え隈はそう語った。

そして、プロジェクトの行末について木村はこう期待する。「プロジェクトがさらに進めば、おそらく一切無駄のない世界が実現する。製品を作り直す時間のロスや資材の追加購入がなくなり、限りなく生産コストが削ぎ落とされる。そのような理想的な工場であれば、これまで以上に様々なアイデアが職場から生まれ、さらに加速度的に改善が進むようになるだろう」

CHAPTER06 技術者を志す学生に向けて

最後に、技術者を志す学生たちに向けたメッセージとして、隈はこう締めくくった。「過去を振り返ると、私自身は機械系の学生でありながら加工が苦手であった。しかし、入社後に配属された商品開発に従事している頃に、製品の加工プロセスにおいて費用が掛かりすぎているという課題があり、研削研磨の専門家であった当時の上司からその課題の克服を託されたことで、加工技術の魅力に引き込まれていった。その後も様々な加工技術を経験する中で、現在では加工が私の専門分野となっている。学生時代は、どうしても自らの研究の延長線上でキャリアを思い描くことが多いと思うが、社会においては自らの専門性を超えて、幅広い分野の技術を知ることが未来を拓く鍵になることが多くある。是非、学生には自らの可能性を閉ざすことなく挑戦して欲しいと願っている」

(2023年4月時点)

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